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名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)1695号 判決

原告

浅井友一

ほか一名

被告

嶋田英夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、各金一〇〇〇万円及びこれに対する平成八年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、横断歩道上において車両との衝突事故に遭遇して死亡した女児の両親が、車両の運転者に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  浅井かほる(昭和六二年五月二八日生まれ。八歳)は、平成八年二月一六日午後三時五〇分ころ、愛知県一宮市音羽一丁目四番先の、東西に通じる道路(国道一五五号線)と南北に通じる道路とが交わる信号機により交通整理の行われている交差点において、東西道路を横断するため、横断歩道上を歩行していたところ、被告が運転し、東西道路を東から西に向かって走行してきた普通乗用自動車と衝突し、かほるは、翌二月一七日午前八時三五分死亡した。

2  原告浅井友一及び原告浅井紀子は、かほるの父母であって、かほるの相続人(法定相続分二分の一)である。

3  原告らは、自賠法一六条一項の請求手続により、二九五一万五四八〇円の支払を受けた。

二  争点

1  被告の過失の存否及び程度

原告らは、被告には前方不注視、制限速度違反等の過失があった旨主張し、被告は、これを争う。

2  かほるの死亡による損害額

原告らは、治療費一一六万三八八〇円、逸失利益二八二二万九五七七円、慰謝料二〇〇〇万円、葬儀費用一三八万五五四〇円、弁護士費用二一二万六三五一円を主張する。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(甲九、証人北川憲治、被告)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告車が走行した東西道路は、片側二車線で、交差点の手前において、右折通行帯が加わり片側三車線となっており、最高速度は毎時四〇キロメートルに規制されていた。

(二) 被告は、東西道路西進車線の歩道寄りの第一通行帯を、先行する路線バスに続いて走行し、本件交差点手前において同バスが対面信号の赤色の表示に従って停止したため、被告も同バスの後の別紙図面〈1〉の地点に被告車を停止させた。

(三) その後、東西道路の対面信号の表示が青色に変わり、路線バスは発進して同交差点を左折して行き、被告も被告車を発進させて第一通行帯から本件交差点に進入したが、東西道路西進車線の第二通行帯は、前方約五〇〇メートルの第一通行帯上で行われていた道路工事を避けて第二通行帯に移動する車両のために渋滞していて、最後部の車両が別紙図面のとおり本件交差点内に居残っているような状況であったので、被告は、暫時第一通行帯を走行した上で第二通行帯に進入する積もりで、発進後そのまま直進した。

(四) 被告は、被告車を時速約四〇キロメートルまで加速した後、同図面〈2〉の地点を通過した地点付近でアクセルペダルから足を離し、惰性で被告車を走行させたが、同図面〈3〉の地点まで進行した時、被告車の前部左角付近をかほるに衝突させた。

(五) 被告は、本件交差点に進入した後、前方を見ながら被告車を運転していたが、前方右側に対する見通しは前記渋滞車両のために良好とはいえず、かほると衝突するまで、同人の存在に気付かなかった。

しかし、被告が前記走行中の被告車から横断歩道の状況に十全の注意を払っていれば、別紙図面〈P〉の地点で同図面〈P〉'の地点のかほるを発見することが可能であった。

(六) かほるは、本件交差点西側の東西道路横断歩道を、対面の歩行者用信号が赤色を表示していたにもかかわらず、友人と手をつなぎながら南から北に向かって横断し始め、中央付近まで進行した時、東西道路東進車線上の車両が発進し始め、かほるらは前進することができなくなったが、その時、横断歩道北側の歩道上で東西道路を南方へ横断すべく信号待ちをしていた婦人が、かほるらに対し停止するように呼びかけたところ、かほるは、突然友人とつないでいた手を振りほどき反転して南方に向かって小走りに進み始め、西進車線上に進出して被告車と衝突した。

2  右のとおり、本件事故は、かほるが、横断歩道用の対面信号が赤色を表示していたにもかかわらず、これを無視して横断歩道上を歩行したために惹起されたものであり、しかも、かほるの前記行動に照らせば、かほるは、横断歩道を南方に引き返すに際し、西進車線を走行する車両の動向にほとんど注意を払っていなかったものと推認され、かほるには、本件事故の発生につき軽微とはいえない過失があったものといわなければならない。

しかし、被告も、対面信号が青色を表示していたからといって、そのことの故に横断歩道上の歩行者に対する注意義務を免除されるものではなく、横断歩道に接近する場合には、横断歩道を通過する際に進路の前方を横断しようとする歩行者等がないことが明らかな場合を除き、横断歩道の直前で停止することができるような速度で進行しなければならず、かつ、横断歩道を横断しようとする歩行者等があるときは、横断歩道の直前で一時停止し、歩行者等の進行を妨げないようにしなければならないのであり(道路交通法三八条一項参照)、被告車から前方右側に対する見通しは前記渋滞車両のために不良であり、横断歩道上の歩行者の状況は明らかでなかったのであるから、被告は、横断歩道の直前で停止することができる速度で進行しなければならず、かつ、前記〈P〉地点でかほるを発見し、横断歩道の直前で一時停止しなければならなかったものというべきである。

ところが、被告は、漫然と時速約四〇キロメートルないしそれを若干下回る速度で進行し、かほるの存在に気付かないまま本件事故に至ったものであり、被告は、道路交通法三八条一項が規定する注意義務を怠り、それによって本件事故を惹起させたものといわなければならず、本件事故の発生については、被告にも過失があったものというべきである。

そして、双方の過失を対比すると、その割合は、かほるが六割、被告が四割と認めるのが相当である。

二  争点2について

1  治療費 一一六万三八八〇円

証拠(甲六、七)によって認める。

2  逸失利益 二四二一万九五一九円

かほるは、本件事故当時、八歳の女児であり、その逸失利益を求めるについては、賃金センサス平成八年第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者・高卒の初任給の平均賃金年額二一〇万六八〇〇円を基礎とし、就労可能期間を一八歳から六七歳までの四九年間、生活費控除割合を四割とし、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の現価を算出する方法によるのが相当であり、これによれば、かほるの逸失利益は、二四二一万九五一九円(2,106,800×(1-0.4)×(27.1047-7.9449)=24,219,519)となる。

3  葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円

かほるの葬儀費用の額は、一二〇万円と認めるのが相当である。

4  慰謝料 一八〇〇万〇〇〇〇円

かほるの慰謝料の額は、一八〇〇万円と認めるのが相当である。

以上によれば、かほるの損害額の合計は、四三四一万九五一九円となる。

三  過失相殺及び損益相殺

前記のとおり、かほるの損害額は四三四一万九五一九円となり、右金額から前記過失相殺の割合に従い六割を減額すると、被告が賠償すべき損害額は一七三六万七八〇七円となり、原告らは既に二九五一万五四八〇円の支払を受けているから、被告が支払うべき損害額の残額はないことになる。

(裁判官 大谷禎男)

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